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大阪地方裁判所 昭和24年(ヨ)204号 判決

申請人

田淵重夫

外四名

被申請人

日本労働組合総同盟扶桑製鋼労働組合

右代表者

組合長

被申請人

扶桑金属工業株式会社

主文

申請人等がそれぞれ金三千円宛の担保を立てることを条件として本案判決確定に至る迄。

被申請組合に対して申請人等がその組合員であることを確認する。

被申請会社に対し申請人等がその従業員であることを確認する。

被申請会社は申請人樋岡良雄を除く他の申請人等に対し、昭和二十四年二月二十五日以降の賃金を別紙記載の賃金表により支払わねばならぬ。

被申請会社はその所属寄宿舎に居住する申請人田淵重夫を除く他の申請人等に対し、昭和二十四年二月二十四日に発した解雇通知に基いて退舎させ、または右寄宿舎生活にもとずく給食等の給与を停止してはならない。

申請費用は被申請人等の負担上とする。

申請の趣旨

申請代理人は主文第一乃至四項同旨の判決を求める。

事実

申請代理人は、申請人等は被申請扶桑金属工業株式会社(以下会社と称す)の従業員であつて、且つ右従業員を以て組織する被申請日本労働組合総同盟扶桑製鋼労働組合(以下組合と称す)の組合員であるが被申請組合は昭和二十四年二月十九日総代議員千百二十九名中千百九名出席の下に臨時大会を開催し議案第三号「共産党フラクの処分に関する件」に付いて査問委員会の報告に基いて投票の結果七百七十票対二百八十九票で(1)申請人田淵重夫が昭和二十二年十二月大阪労農市民協議会の摘発事件に関して内通した事実、(2)申請人田淵重夫、勝木勝次が工場の内外で組合撹乱のビラを撒布した事実、(3)申請人田淵重夫が被申請組合教育出版部の壁新聞を破毀した事実(4)申請人田淵重夫、瀬羅博、樋岡良雄が被申請会社吹田支所で署名運動をした事実(5)申請人尾崎助夫、樋岡良雄が被申請会社立花寮に於て履歴詐称で解雇せられた船田猛志擁護のビラを貼つた事実(6)申請人尾崎助夫、勝木勝次、樋岡良雄、瀬羅博が立花寮自治大会開催要求の署名運動並に大会開催を強要した事実(7)申請人尾崎助夫が大阪地方労働委員候補にかかる決議に違反した事実を認め、右各事実は昭和二十三年九月二十七日組合大会決議「共産党フラク活動排撃の件」及組合規約第三十七条第三十九条に各該当するとして申請人等を除名し、次で同月二十四日被申請会社は労働協約及附帯覚書に基くと称して申請人等に対して同日附で解雇の通知をして来た。

右臨時大会に於ては査問委員会が大会に報告し之に対する申請人等の発言は一人五分以内に制限せられ且代議員に対しては討論と質問を五名に制限し充分な審議もなされずに議決したのであるから、右大会の議事手続に重大な瑕疵があり、従つて申請人等に対する除名の決議は無効である。

仮に然らずとしても、共産党フラク活動排撃の決議は組合員に対して共産党員としての政治活動を禁止若しくは制限するものであつて、政治運動を主たる目的とするものと解すべきであるが被申請組合は労働組合法により設立せられた組合であるから、労働条件の維持改善経済的地位向上等経済上の目的のみ許され政治運動は右目的達成に必要な手段として従たる目的とするときのみ認められる。従つてその目的の範囲を超えて組合員に対して、一定の恒久的な政治的綱領又は目的の下に拘束する決議をなすことは無効である。

更に憲法第十四条第一項には「すべて国民は法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的経済的社会的に差別されない」と規定し、信条により政治的経済的社会的に差別されることのないことを保障している。従つて共産党フラク活動排撃の決議は右憲法の規定に反するから無効であるばかりでなく、又民法第九十条の公序良俗に違反するものとして無効であるか、乃至は同法第九十一条により所謂強行法規違反として無効である。

加之除名事由の具体的事実として掲げられている事実は何れも事実無根か又は事実に相違している。即ち

一、申請人田淵重夫が大阪労農市民協約会の摘発事件に付いて内通した事実及被申請組合教育出版部の壁新聞破棄の事実は事実無根である。

二、申請人田淵重夫、勝本勝次が組合撹乱のビラを撒布した事件に付いては何れも工場外でなされたものであり、又ビラの内容は真実である。

四、申請人田淵重夫、樋岡良雄、瀬羅博が吹田支所で署名運動をなした事実に付いては、当時被申請組合は一万円ベース賃上闘争中であつたので中央闘争委員会激励のための大会開催を要求すべくその署名運動をなしたに過ぎない。

五、申請人尾崎助夫、樋岡良雄が立花寮で船田猛志擁護のビラを貼つた点については単なる履歴詐称の故を以て解雇せられた。船田猛志の解雇の真実の理由は同人が進歩的な労働者であつたことにあり、この点よりして同人を擁護するのは労働者として当然の義務であり、且つ之は会社に対する運動であつて組合としては之を不可とする何らの理由もない。

七、申請人尾崎助夫が大阪地方労働委員候補にかかる決議に違反したとの点に付いては、労働委員に何人を支持するかは各人の自由であり、組合より制約を受くべき筋合のものではない。

以上明かな様に前記組合決議若しくは統制規律に違反する具体的事実が存しないのである。従つて何れの点よりするも被申請組合が申請人等に対してなした除名の決議は無効であり、右除名に基いて被申請会社が申請人等に対してなした解雇も亦当然無効である。

申請人等は除名並に解雇無効確認の本訴を提起すべく準備中であるが、無効の解雇により事実上職を失い他に急速に衣食の道を講ずる方法もなく、更に被申請会社の寮に寄宿する申請人田淵重夫を除く他の申請人等は退寮せねばならず、急迫な生活上の危機にさらされているので、本案判決確定に至る迄組合並に従業員としての仮の地位を得るため本申請に及んだ次第である。尚申請人樋岡良雄は病気のため、保険給付を受けているので賃金支払の仮処分を求めない。と述べた。(疎明省略)

被申請組合代理人は、申請人等の申請を却下するとの判決を求め、申請人主張の事実中被申請組合は被申請会社の従業員で組織する労働組合であり、申請人等は昭和二十四年二月十九日迄組合員、同月二十四日迄従業員であつたこと、被申請組合は申請人主張の日に臨時大会を開催し申請人主張の如き議案に付いて査問委員会の報告に基き申請人主張の如き理由により申請人等を除名したこと、及被申請会社はそれに基き申請人主張の日に申請人等を解雇したことは認める。

右臨時大会に於ては申請人等の発言を一人五分以内と制限はしたけれども、必しも之に拘泥せず充分弁明する機会を与へ右弁明が終つた後代議員の討論が行われ投票により除名するや否やを諮り、総投票数千百一票内訳除名を可とする者七百七十票不可とする者二百八十九票、無効三十票、白紙十二票で多数決により除名を決定したのであつて、この大会に於て申請人等に関する事項に付いて所要時間三時間四十五分の長時間を要したのであつて右大会の議事手続には何等重大な瑕疵はない。

次に被申請組合が昭和二十三年九月二十七日の組合大会に於て決議した「共産党フラク活動排撃の件」に於ける「共産党フラク活動」の意味は一般に用いられているフラク活動の中で特に「組合或は組合員の名誉を毀損し、組合員の相互信頼の精神を破壊し猜疑心を培養し組合の分裂を策し組合員の健全な労働精神に対する懐疑の念を抱かせ徒らに怠業闘争激発を策する様な行動、即ち組合の団結を破壊し統制を紊乱するが如き行動のみを指しているのであつて、従つて右決議により共産主義思想を排撃したものでなく組合員が共産思想を抱くこと又は共産党に入党することを妨げるものではない。当時共産党は日本労働組合総同盟の団結を破壊するため猛運動を起しその目標として被申請組合の崩壊を策していた、而して扶桑製鋼細胞が結成せられ機会ある毎に極端な言辞により虚偽の宣伝行為等により、組合員を誹謗し組合役員の信用を毀損して組合員の猜疑心を培養して組合機関の指示事項等の実効を阻害し惹いては組合の分裂を策していたので、唯組合の団結を維持し統制を保つため本決議がなされたのであつて、政治運動を目的とするものではないから労働組合法第二条の規定の範囲を超へたものではない。仮に政治運動に関するものであるとしても前記の如き事情により組合の団結続制を維持するために過ぎない。

又右決議は前記の如く共産主義思想を排撃するものではないものではないから憲法に抵触するところなく、又民法第九十条、第九十一条にも該当しない。次に除名事由となつた具体的事実に付いては

(一)、摘発事件に関し内通の件

昭和二十二年十二月被申請組合は生産増強週間として、組合員全員が全能力を発揮して奮闘中申請人田淵重夫は秘密裡に共産党と連絡をとり被申請組合の秩序撹乱を企て隠退蔵物資摘発に名を藉り、共産党員指導の下に大阪労農市民協議会四百五十名を被申請会社工場内に乱入させ申請会社及組合の秩序を撹乱し組合活動の正常な運営を阻害したものである。

(二)、組合撹乱のビラ撒布の件

昭和二十二年十二月摘発事件以後機会ある毎に申請人等は、扶桑細胞の責任者として組合及組合役を誹謗するビラを工場内外に撒布し虚偽の宣伝をして組合及組合役員の名誉を毀損すると共に組合員の猜疑心を培養して組合を分裂させようとした、よつて昭和二十三年九月二十七日組合大会に於て共産党フクラ活動排撃の決議をしたところそれにも拘らず申請人等は右決議を無視してこの種行為を反覆したのである。

(三)、組合教育出版部の壁新聞破棄の件

被申請組合教育出版部がフラク活動排撃に関して、壁新聞を掲示したところ申請人田淵重夫は組合の機関を諮ることなく、独断でこの壁新聞を破棄したのである。

(四)、吹田支所に於ける署名運動の件

昭和二十三年十一月上旬被申請組合の属する扶桑鉄鋼部門労組は中央闘争委員会、地区闘争委員会を設置し、一万円ベース獲得を目標に全員団結を固めて会社と闘争中であつて中闘は交渉の円満解決と成功を期し各組合員はすべての行動は、中闘及地闘指令に基き時間規律を厳守する様指令を受けていたにも拘らず申請人田淵重夫、樋岡良雄、瀬羅博は右指令を無視し、且組合機関に事前の申請もなくして勝手に組合員の署名を求めて歩いたのである。しかも署名を求める趣旨も明白にせず後日中闘激励大会開催要求のためと弁解するけれども当時その必要はなく、右申請人等は組合役員誹謗組合撹乱の行動の手段として利用しようとしたのである。

(五)、立花寮に於ける船田猛志擁護ビラ貼付の件

立花寮に入寮する者に対しては寮則の要旨を告げられ寮則に従つて行動する様になつているところ申請人尾崎助夫、樋岡良雄は昭和二十三年十月十五日前に履歴詐称のため就業規則により解雇せられた船田猛志を不当に擁護するため、不穏当な言辞を以て寮生の猜疑心を喚起しようとし寮自治会長の反対を押切り寮則第三十一条「寮内に於てビラ等を掲示又は撒布し若くは集会を行うときは寮主事及自治会長の諒解を必要とする」旨の規定があるのを無視して、ビラを貼つたのである。

(六)、立花寮自治大会開催要求署名運動及大会開催強要の件

前記申請人等が貼付したビラを寮自治会長が独断で剥ぎ取つたところ申請人尾崎助夫、樋岡良雄、勝本勝次、瀬羅博は自治会長の責任を追及し自治委員会が処理方法を協議せんとするや、申請人等は何らの権限もないのに右委員会に出席して数的圧力を加へて強迫態度をとり、次で自治会則第八条に基き四十名の連署を以て自治大会開催を強要し組合を撹乱した。

(七)、大阪地方労働委員候補にかかる決議違反の件

昭和二十三年九月大阪地方労働委員選挙に際して、被申請組合は執行委員会の決議を以て被申請組合長森田清市郎を候補に立てることに決定し、全組合員に全員一致協力して当選する様運動すべき旨指令したところ申請人尾崎助夫は右指令に反して立花寮に於て産別の三谷候補及西川候補に投票せよとのビラを配布した。

以上の各事実は昭和二十三年九月二十七日組合大会決議「共産党フラク活動排撃の結」及組合規約第三十七条又は昭和二十三年十一月一日附中闘指令立花寮々則第三十一条或は執行委員会決議に違反し、組合規約第三十九条第一、二号に該当するから申請人等に対して被申請組合がなした除名は当然有効である。と述べた。(疎明省略)

被申請会社代理人は、申請人等の申請を却下するとの判決を求め、申請人等の主張事実中被申請組合は被申請会社の従業員を以て組織する労働組合であり、申請人等は昭和二十四年二月十九日迄は組合員、同月二十四日迄従業員であつたこと、申請人等は主張の日に主張の如き理由で被申請組合より除名せられたこと被申請会社は右除名により労働協約及附帯覚書に基いて、昭和二十四年二月二十四日申請人等に対し解雇の通知をなしたことは認めるが、その余はすべて否認する。と述べた。

(疎明省略)

理由

被申請組合は被申請会社の従業員を以て組織する労働組合であり申請人等は昭和二十四年二月十九日迄組合員同月二十四日迄従業員であつたこと、被申請組合は申請人主張の日に臨時大会を開催し申請人主張の如き議案に付て査問委員会の報告に基き申請人主張の如き理由により申請人等を除名したことは当事者間に争いがない。

右臨時大会の議事手続に付て判断するに成立に争のない乙疎第六号証(臨時年次大会議事録)ならびに被申請組合の弁論の全趣旨によれば右大会に於て査問委員長の提案理由の説明査問委員の査問委員会調査経過並証人の証言と個人の事実供述確認事項の記録事件判定各個人判定書朗読の後多数決により申請人等五名に各数分ずつ、弁明の機会を与え代議員五名の討論を経て採決に入り多数決で除名を決定したことがみとめられる。従つて決議の効力を無効ならしめる程度の手続の瑕疵があつたものとは認め難い。

次に「共産党フラクション活動」とは通常「大衆団体中の三名以上の共産党員が党員グループを組織し右グループが該団体の規約の制限内で活動しつつ党の影響をその団体内に強め、その他その団体内に於て団体構成員の資格で行う党活動」のことを意味するものと解せられるから右活動を禁止することは組合員に対して、共産党員としての政治活動を禁止若くは制限するものである。被申請組合代理人は、被申請組合に於ては「組合或は組合員の名誉を毀損し組合員の相互信頼の精神を破壊し組合の分裂を策し組合の統制を乱す行為」のみを意味し、昭和二十三年九月二十七日組合大会決議共産党フラク活動排撃の件」もかかる意味の活動を禁止する趣旨だと主張するけれども被申請組合提出の全疎明を以てするも、右決議がかかる制限的意味を有していたものとは認め難く、反つて成立に争のない乙疎第五号証一乃至三(個人判定書)により認められる申請人等除名の理由の一として共産党員として分派的に活動し党員獲得、細胞拡張行為共産党機関紙アカハタ配布行為を掲げている事実に徴するときは前記大会決議も一般的意味における共産党フラク活動を禁止したものと謂わなければならない。而して労働組合は設立登記をなしたときは法人となり、その登記をしないときにも権利能力がなき社団として法人に準じて考察すべきものであるからその権利能力したがつて行為能力は民法第四十三条に準じ規約によりて定まりたる目的の範囲内にあるものと解すべく、みぎ目的の範囲なる限度は組合の外部にたいする取引もしくは行為に関しては第三者の利益保護のためこれを広く解釈する必要があるけれども、組合対組合員間の内部関係においてはその行為が実際に目的達成のため必要であるか否かにより定めなければならない、したがつて本件の決議が有効に組合の決議として成立するか否かはその決議が組合の目的達成のため必要であるか否かによつてきまるものというべきである。

よつてこの点を考うるに被申請組合たる本質上明示しなくとも当然に組合員の労働条件の維持改善、その他経済上の地位向上を図ることを目的とするものとみとめられるが、成立に争のない乙疎第九号証(被申請組合規約)並に弁論の全趣旨によれば被申請組合の規約に定立された目的としてはとくに我国産業の興隆と民主主義日本の建設の推進力となること、強固な団結の下に友愛と信義をもつて生活と文化の向上を図ることなる旨の綱領及び健全強固な自主的組織を確立し以つて労働生活の向上と共同福利の増進を期すること、技術の錬磨品性の陶治識見の啓発に努め、以て人格の向上と完成を期すること、労働の社会的意義を顕揚し、産業民主化の徹底を図り以て新日本を建設し進んで世界平和に貢献せんことを期することなる日本労働組合総同盟綱領の貫徹であることが認められるけれども、要するに経済的な産業の興隆民主化の組合員労働者の経済的地位向上をはかる旨を定めているのであつて、組合員に対して政治的な一定の態度を要求するものとはみとめられない。したがつて組合員に対して一定の政治的態度を求むる決議をなすためには、これが具体的場合に組合員の地位向上のためとくに必要である事情がなければならない。しかるに被申請組合が共産党員のいわゆるフラク活動なる政治活動を全面的に禁止しなければならないようなさしせまつた事情は被申請人等の全疎明によるもこれをみとめがたい。なるほど昭和二十二年十二月ごろには被申請会社には隠退蔵物資摘発事件といわれる騒動があつて、これは組合の共産党員が内通してなされたものといわれるけれどもこのことによりてただちに本件組合員に共産党員としての政治的行為を全面的に禁止しなければならないものと断ずるには十分ではない。又被申請人等の主張に徴するもかかる一定の政治的主張活動を否認しなければならない事情があつたとまで主張しない点よりするもこのことは首肯しうるであろう。従つて決議をもつて共産党フラク活動を禁止し、制裁規定をもつて組合員に強制することは被申請組合の目的の範囲外の行為であつて、右決議はその余の争点に付いて判断する迄もなく当然無効と謂わなければならない。

次に統制規律違反の事実の有無に付いて判断するに

一  摘発事件に関し内通の件

証人西山熊太郎の証言によれば、昭和二十二年十二月大阪労農市民協議会の摘発隊が隠退蔵物資摘発と称して被申請会社の工場内に侵入した事実は認められるけれども、申請人田淵重夫が右摘発隊に内通したとの事実に付いては同証人の証言を以てしては未だ右事実を認めるに足らず、他に認めるに足る疎明はない。

二、組合撹乱のビラ撒布の件

申請人田淵重夫、勝木勝次が工場外でビラ(乙疎第八号証)を撒布したことは申請人の自認するところであるが、成立に争いのない乙疎第八号証一乃至四(ビラ)によれば右ビラの内容は過激な言葉であり、組合幹部にたいする批評をふくんでいるけれども悪意に組合を撹乱することをその目的とする文書とはみとめがたい。

三、組合教育出版部の壁新聞破棄の件

申請人田淵重夫が組合教育出版部の壁新聞を破棄したとの事実に付いては、証人西山熊太郎の証言を以てしては未だ右事実を認めるに足らず他に認めるに足る疎明はない。

四、吹田支所に於ける署名運動の件

昭和二十三年十月末より十一月初旬にかけて、被申請組合の属する扶桑鉄鋼部門労組が賃金一万円ベース獲得を目的として被申請会社と闘争中申請人田淵重夫、樋岡良雄、瀬羅博が組合機関に事前に申出ることなく勝手に組合員に署名を求めて歩いたことは当事者間に争いがなく、成立に争のない乙疎第十一号証ノ一証人田中義明の証言によれば、当時組合側は中央闘争委員会地区闘争委員会を組織し中闘より十一月一日附で総ての行動は中闘及び地闘指令に基き時間規律を厳守すべき旨の指令が発せられ、右指令は被申請組合に於ては十一月二日全組合員参集のもとに闘争宣言大会が開催せられ、右席上に於て発表せられたことが認められるけれども、又右申請人等の供述によれば申請人の行為は右闘争を援助激励するためであつて必ずしも規律を乱したものとは認められないから申請人等が組合撹乱の目的を以てなしたとの疎明のない本件に於ては右行為を以て中闘指令、組合の統制規律に反したものとは認め難い。

五、立花寮に於ける船田猛志擁護ビラ貼付の件

昭和二十三年十一月十五日申請人尾崎助夫、樋岡良雄は立花寮に於て前に履歴詐称のため解雇になつた船田猛志を擁護するため、寮自治会長の反対を押切りビラを貼付したことは当事者間に争がなく、成立に争いのない乙疎第十号証(被申請会社立花寮々則)によれば第三十一条に寮内に於てビラ等を掲示するには寮主事及び自治会長の諒解を必要とする旨規定していることが認められるけれども、寮則は被申請会社が事業に附属して労働者を寄宿させるために設備した寄宿舎の管理運営に付いて作成した寄宿舎規則であつて、被申請組合の規則ではないから右に違反したとしても直ちに被申請組合の規律に反したものとは認め難い。

六、立花寮自治大会開催要求署名運動並に大会開催強要の件

成立に争のない乙疎第十三号証(要求書)証人加藤幸信の証言申請人尾崎助夫、勝木勝次、樋岡良雄、瀬羅博の各本人訊問の結果によれば被申請組合主張の日に立花寮に於て申請人尾崎助夫、樋岡良雄、瀬羅博が寮自治会長の責任を問うため自治大会開催要求の署名運動をなし、申請人勝木勝次はそれに従つて署名をなし申請人等は自治会長に対し、寮生四十余名の同意署名をした要求書を提出して大会開催を要求したことが認められるけれども成立に争のない乙疎第十四号証(立花寮自治会々則)によれば第八条に自治会員二十名以上の要求があれば臨時大会が開催せられる旨規定せられていることが認められる。従つて申請人等は右規定に基いて臨時大会要求の同意者を募つた上、大会を要求したのであつて明かに自治会々則に則り認められた権利を行使したに過ぎず自治会長に要求するに際して多少の行過ぎた言動があつたにしても右を以て直に組合の統制を乱したものと謂うことは出来ない。

七、大阪地方労働委員候補にかかる決議違反の件

証人西山熊太郎小松重信の証言申請人尾崎助夫の本人訊問の結果によれば、申請人尾崎助夫は昭和二十三年九月大阪地方労働委員選挙に際して立花寮に於て産別の三谷、西川候補推薦のビラを撒布したこと、及び被申請組合執行委員会は被申請組合長森田清市郎を候補に立てることに決議を一般に掲示し、資金カンパをなしたことが認められるが申請人尾崎助夫が右選挙運動をなしたのは被申請組合が右執行委員会決議を一般に掲示した後であると認めるに足る疎明がなく、却つて申請人尾崎助夫の供述によれば同人はこれを知らずして三谷、西川候補を推薦するビラをまいたものとみとめられるから右行為を以て執行委員会決議に服さなかつたと謂うことは出来ない。

よつて申請人等が被申請組合の統制規律に違反したとの事実も認められないから、被申請組合が昭和二十四年二月十九日大会に於て申請人等に対してなした除名の決議は当然無効にして申請人等はいまだ被申請組合員たる地位を失わず組合員としての権利を行使出来るものと謂わねばならない。

次に被申請会社が被申請組合よりの除名の通告に基いて昭和二十四年二月二十四日附をもつて、労働協約及び附帯覚書にり申請人等を解雇したことは当事者間に争がなく、成立に争のない丙疎第一号証(労働協約及覚書)によれば「会社の従業員は組合員たることを要すると共に組合は会社の従業員に限る」「組合に於て除名せられる者は協約第一項により会社に於て之を解雇するものとする」旨規定せられていることが認められるが、右解雇の前提となつた除名が無効であることは前記認定の通りであるから被申請会社のなした解雇も亦この原因なきため無効のものであり、申請人等は被申請会社に対して従業員としての地位を失わないものとみとめるそして被申請会社が申請人等に対して、昭和二十四年二月二十四日解雇の通知をなしたことは前記認定の通りであるが、申請人等のような継続して日々労務に従事し、反対の事情なき限り引きつづきその労務に従事しようとしている者にたいして突如即時解雇の意思表示をすることはそれ自体現実の提供を拒絶したものとみとめるが相当であり、かかる継続的な雇傭関係において債権者が受領を拒絶するときはその時より履行不能になるものと解すべく被申請会社が解雇により、労務を受領することを拒絶をしたのは労働協約及び附帯覚書によるものであることは前記認定の通りであるが、右覚書には除名にあたつては組合は予め会社と協議するものとすと定められているから反証なき限り協議がなされたものと解すべく、右除名決議は必然的に被申請会社を拘束するものではなく瑕疵ある決議にたいしては解雇しない自由を有するものであるが、この機会において被申請会社がこの点を相当調査したような疎明はないから本件解雇の意思表示により申請人等の勤労義務は被申請会社の責に帰すべき事由により、履行不能になつたと認められるから申請人等は反対給付を請求する権利を失わない。而して成立に争のない甲疎第五号証一乃至四によれば、申請人等(樋岡良雄を除く同人が休暇中にして、保険給付を受けていることは申請人の目認するところである)は別紙賃金表記載の如き賃金を得ていたことがみとめられるから、申請人等は被申請会社に対して昭和二十四年二月二十五日以降の賃金支払を要求する権利を有するものである。なお申請人は右が賃金規則によるべきことを主張するが、内容が明かでなく、被申請人もまたその内容をあげて抗弁しないからこれを賃金の制限として認定することができない。

保全の必要に付いて判断するに、本件除名決議に基ずく解雇により給料生活者たる申請人 は収入の道を断れ他に特別資力を有しないことは、申請人尾崎助夫の供述によりみとめることができ、現在の経済事情のもとにおいては一時他に職をもとめることの容易ならぬこと及び被申請会社の寄宿舎に寄宿する申請人田淵重夫を除く他の申請人等は、他に住居を求めることは容易ならず、生活上の危機にさらされていることは容易に窺知出来る。従つてその著るしい損害を避けるため、本案判決確定に至る迄被申請組合にたいし申請人等が組合員たる地位にあることならびに被申請会社にたいしその従業員であることを確認するとともに被申請会社にたいし仮に申請人樋岡良雄を除く他の申請人等に別紙賃金表による賃金支払と、申請人田淵重夫を除く他の申請人等を被申請会社寄宿舎に居住せしめ、かつ、右宿舎における給与を停止してはならない旨を命ずる必要があるものと謂うべく、なお申請人にたいし各保証金三千円宛をたてしめるを相当とみとめこれを条件として本件仮処分を命ずることとし、申請費用の負担に付いて民事訴訟法第八十九条第九十三条により被申請人等に負担せしめることとし、主文の通り判決する。

別紙賃金表

別紙賃金表

〈省略〉

但し可働日数 一ヶ月二十五日

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